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共感と信頼 米最高裁判事の回想

評者: 西崎文子 / 朝⽇新聞掲載:2018年11月24日
私が愛する世界 (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ) 著者:ソニア・ソトマイヨール 出版社:亜紀書房 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784750515557
発売⽇: 2018/09/22
サイズ: 20cm/430p

物質的な貧しさ、慢性的な病気、そして母一人の手で育てられたこと…。なぜ、逆境にあっても意気をくじかれず、むしろ奮起することができたのか。恵まれぬ環境で夢を追った、米国初の…

私が愛する世界 [著]ソニア・ソトマイヨール

 今年6月、主に中東諸国からの入国を制限する大統領令が米国最高裁で合憲とされたとき、強く反対したのがソトマイヨール判事だった。これは明白なイスラム敵視政策であり、憲法で禁じられた特定の宗教や民族への差別にあたる。その痛烈な批判の原点を示すのが、この回顧録である。
 一見すると、著者の半生は米国の夢そのものだ。プエルトリコからニューヨークに移住した両親を持つ彼女は、愛情深い親族と共に育った。他方、若年性糖尿病を患い、9歳でアルコール依存症の父を亡くすなど苦労も絶えなかった。それでも勤勉と楽観主義を武器にプリンストン大学、イエール法科大学院へと進学、法曹の道を歩むのである。
 しかし、著者が丹念に描くのは、成功の軌跡よりも貧しさ故の悲しみや挫折、過酷な社会でもがく人々の姿だ。その中には、苦労して子どもを育てた母や、才能がありながら薬物とエイズに斃れたいとこだけでなく、検事として接した被告人や被害者も含まれる。
 このすべてが彼女の信念を形づくる。その一つは、自分の幸運は一つの「委任」であり、その価値ある使い方を見いだすのが義務だというものだ。地方裁判所から控訴裁判所、最高裁へと連邦判事の道を選んだのは、社会に広く影響を与える決定に関わりたいという強固な信念の表れだ。
 もう一つは、司法制度への信頼である。著者は、権力に抗って主義主張を通す人々とは一線を画すが、それは司法に社会を変革する力があると信じているからだ。公民権運動の時代に判事たちが差別撤廃を牽引し、積極的差別是正措置を擁護してきたのはその証しに他ならない。
 米国の夢の本質は成功ではない。その本質は深い共感と信頼だ。かつて、成功より努力の過程が大切だと励ましたのは母だった。その言葉が響く社会、著者の「愛する世界」への信頼こそが、あの力強い少数意見を書かせたのだろう。
   ◇
Sonia Sotomayor 1954年、米国生まれ。弁護士を経て2009年、ヒスパニック系として初の米国最高裁判事に。