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「ひみつのしつもん」書評 常識吹き飛ばす「ごっつい」やつ

評者: 出口治明 / 朝⽇新聞掲載:2019年12月07日
ひみつのしつもん 著者:岸本佐知子 出版社:筑摩書房 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784480815477
発売⽇: 2019/10/09
サイズ: 20cm/222p

私は私のことを監視しているかもしれない何者かの目を欺くために、見かけ上仕事をしているふりをしていることが往々にしてあるのだ−。奇想天外、抱腹絶倒、キシモトワールド全開のエ…

ひみつのしつもん [著]岸本佐知子

 気分転換を図りたい時や疲れを感じた時、ページを開くのは『よりぬきサザエさん』か『いじわるばあさん』と相場が決まっていた。それが最近では岸本佐知子のエッセーにその座を脅かされつつある。もう師走なのに、僕の机の上には遅々として進まない5月27日締切りの校正原稿がのっている。「できる遅刻はすべてし、破れる締切りはすべて破ってきた」と本書が喝破してくれるので、随分と気持ちが楽になる。
 キシモトワールドがどれほど「ごっつい」か紹介してみよう。ラジオ体操第マイナス1、第マイナス2、皆さん知っていますか。不治の病には「カードの磁気が必ず弱い病」というやっかいなものがある。宇宙を構成するダークマターは、星と星の間をみっしりと埋め尽くしている羊羹(ようかん)みたいなものらしい。敵味方の間に芽生える友情とは、銀座の横断歩道を並んで歩く私とゴキブリ、なるほどわかったような気になる。僕も桃は大好きだが、ついぞ「桃をご神体にした桃教」という発想が浮かんだことはなかった。いかに頭が硬いかということだ。「いつか『グズな人には理由がある、ただしグズは魂と直結しているのでグズを矯正すれば魂も死ぬ』というタイトルの本を書くのが夢だ」。もう最高ではないか。
 「キハヌジ語」というすばらしく面白い言語があるらしい。「いかに嫌いな人間をひとまとめにして頭の中で巨大な臼に放り込み、杵(きね)で何度も何度もついて真っ赤な血の餅に変えるか」、ダンテが知ったらきっと『神曲』の中に取り入れたに違いない。聖人と凡人の境目はどこにあるのか、守護聖人と守護凡人、列聖と列凡、めちゃいいではないか。すべてが「ごっつい」。
 著者の父君は、煮物が柔らかすぎる時に「ずやずやしとる」という言葉を使っていたそうだ。そういえば僕の母も「ごういらす」(苦労させる)という言葉をよく使っていた。懐かしさがこみ上げてくる。
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 きしもと・さちこ 1960年生まれ。翻訳家。M・ジュライなど訳書多数。『ねにもつタイプ』で講談社エッセイ賞。