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いまここにあるディストピア 米国の黒人青年による短編集「フライデー・ブラック」訳者・押野素子さんインタビュー

文:和田靜香、写真は「フライデー・ブラック」著者のナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー©Limitless Imprint Entertainment

店舗に殺到する貪欲な人間どもの狂乱

 『フライデー・ブラック』はアメリカ・ニューヨーク州オールバニー出身の、ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤーのデビュー作。発表からたちまち話題を呼び、「ニューヨークタイムズ」などが絶賛、ベストセラーになった。ナナはガーナ移民の両親のもとに生まれ育ち、名門シラキュース大の大学院創作科で修士号を取得した28歳の青年だ。

 本のタイトル『フライデー・ブラック』とは11月の第4木曜日、感謝祭の翌日にアメリカで開かれる大規模な安売り「ブラックフライデー」をひっくり返して言ったもの。12本の短編から成り、表題作では安売りに殺到する貪欲な人間どもの狂乱を描く。こんな風だ。

 “八十人ほどがゲートを駆け抜けると、激しく争いながら、突進して来た。商品棚を押しのけ、客同士でぶつかり合っている。火事や銃声から逃げる人を見たことがあるだろうか? あの光景に近いものがある。ただし、そこから恐怖を減らして、欲望を増量した感じだ。俺のキャビンからは、子どもの姿が見えた。六歳ぐらいの女の子だったが、興奮した買い物客の波に飲み込まれて、消えていった。女の子はうつ伏せで、大の字になって倒れている。ピンクのコートには、汚い靴の跡がついていた。”(「フライデー・ブラック」より)

 これを写し書いてツイッターを開いたら、まさにアメリカのスーパーマーケットが、買い占めで棚がすっからかんになった写真を何枚も見た。ディストピア、なう……。

 「買い占めは今、どの地域でもあります。(3月13日)金曜日の午後3時からトランプが会見を行うというので、その前にドラッグストアに行って買い物をし、会見後に同じドラッグストアに行ってみたら、山積みされていたトイレットペーパーやペーパータオルが見事に空になってました。あの会見から大きく変わったと感じます。アメリカの人たちは狩猟民族的感覚でパニックになると怖いと感じてしまうことがありますが、銃や弾薬の売上が伸びているというニュースも読みました。実際に日ごろは温厚なブラック・ネイバーフッドに『暴動が起こるかもしれないから、自衛のために銃を持っておいたら?』と言われてびっくり。私にはない思考回路なので。3・11の後には涙を流してくれたような郵便配達員の黒人男性は私によく『6人に運ばれるよりも、12人に裁かれる方がいいんだぞ(棺を運ぶのは6人、陪審員は12人、から来ている例え)』と言うんですが、今回もまた言われました。今、人を踏みつけても生き残れという空気が覆ってきているのを感じます」

コロナ騒動で感じた人種差別の恐怖

 日本でもトイレットペーパーの買い占めやマスク転売などが問題になってきたが、アメリカでは日に日に規制も強まり、買い占め以上に不穏な空気が渦を巻き始めていることを押野さんもひしひしと感じているそうだ(注:お話は3月中旬に伺った)。日ごろから差別にさらされている側の人たちが今、感じている不安や恐怖は、私たちが想像もつかないものなのかもしれないが、他人事ではないともいう。

 「ニューヨークに長年住んでいる日本人の友人は、『今回のコロナ騒動からアジア人というだけで初めて差別を受け、人種差別を受ける黒人の気持ちが少し分かった気がする』と言っていました。彼女は「フィンケルスティーン5」を読んでいたので、『そのうち白人に撃たれても、“ウイルスを恐れるのは自己防衛本能として致し方ない。アジア人が近づいてきたならば撃ち殺しても、正当防衛に値する”とか言われちゃうかもしれないね』なんて話をしていました」

 差別は人の不安な気持ちにスッと入り込んで、瞬く間に増殖して人をあらぬ方に突き動かす。「フィンケルスティーン5」は『フライデー・ブラック』収録の物語。図書館の外にいた5人の黒人少年少女が白人男性にチェーンソーで次々切断されて殺されたが、白人男性は「自衛の範囲内」として無罪になる。黒人は黒人であるだけで殺されても致し方ない、という話だ。2012年に実際にフロリダ州で起こった、黒人の高校生男子が、黒人だという理由で地元の自警団男性に射殺されたものの、射殺したヒスパニック系男性は無罪になった事件を下敷きにしている。

 「ナナさんに会って聞いたんですが、フロリダの事件のときには、チラシを作って一人で配ったそうです。でも、それは独りよがりに終わったという感覚があって小説を書くことにつながったようです。彼の書く話は私からすると、“あるある”を少しデフォルメしてるだけで、経験談のように読めます。「フィンケルスティーン5」に、“「腹が立ったら微笑む。叫びたい時には囁く」これがブラックネス(黒人らしさ)の基本だ”とありますが、現実にそうです。黒人はそうしないと社会では受け入れられない、最悪の場合は射殺されかねない。たとえば黒人はしゃべり方も変えます。黒人の間だけの話し方と、白人が一人でも混じっているときの話し方は違う。デイヴ・シャペルというコメディアンが『黒人はみんなバイリンガル』と言ったけど、その通りなんです」

 「フィンケルスティーン5」では主人公の男性がブラックネスを10段階で上げたり、下げたりする。ショッピングモールに入るとブラックネスを平均的な5に抑えて満面の笑みを浮かべてゆっくり歩く。商品を見つめる時間は最大で12秒にする。そう努力しても、万引き犯として疑われ、尾行される。

 「これも実はよくあることで、黒人ミュージシャンでもそういう経験は多くの人がしていると聞きます。日本ではアメリカの黒人というと、体躯も態度も堂々としたバスケの選手やラッパーを想像するでしょう? でも、ああいうクールでカッコいい一般の黒人は逆に、社会では恐れられることも多いんです。黒人らしさを極力消し、笑顔で腰を低くしてなければ生きにくい。会社のような場所では、どちらかというと、きちんとしていてダサい服装の黒人が好まれます。ジャマイカ系移民のうちの旦那は熊ちゃんみたいなぽわんとしたルックスで、シャイで大人しい。すると、白人の上司からは『笑顔じゃないから怖いよ』って言われちゃうんです」

押野素子さん(右)とファンクの大御所、ジョージ・クリントン(押野さん提供)

根深く残るアメリカの黒人差別

 聞いていて“どうしてそんな?”と、疑問符ばかり募るアメリカ社会における黒人差別の実態。些細なことを突っ込んでは、尊厳を少しずつズタズタにしていく。さらにエスカレートした世界、『フライデー・ブラック』にはゲーム感覚で“黒人ギャング”や“イスラム系テロリスト”を殺害するテーマパークで働く黒人男性を描いた「ジマー・ランド」という物語もある。

 “「こいつが私を襲ったんです!」とゲスト・プレイヤーは答えた。「私を殺そうとしたんです」俺は目を閉じて死んだふりをしながら、浅く呼吸している。ガイドラインによれば、ゲスト・プレイヤーはここからモジュールの第二部『警察署』に移り、短い尋問を受ける。その後、正当防衛が認められて無罪となったストーリーが、無料でゲストにEメールで配信される。”(「ジマー・ランド」より)

 「ジマー・ランドというのは、2012年フロリダ州での事件の、犯人ジマーマンから来ています。この事件もそうだったように、“こいつが悪いんです”と白人は急に被害者になって、社会的に彼らの言うことが通ってしまうことはよくあります。そういうステレオタイプに一括りした言い方はよくない? 私もずっとそう思っていました。ハワード大学(トニ・モリソンなども在学した生徒のほとんどが黒人の名門大)に留学していたときには、授業でみんなが『ホワイトピープルはこうだああだ』って悪口でさんざん盛り上がってるのを聞いてお腹いっぱいになっちゃっいました。でも、いざアメリカの会社で働き始めたら、アジア人女性である私も黒人のみんなが言っていた目に遭って、白人は急に被害者面するんだと黒人が感じ、ナナさんがこうしたストーリーを書くのも理解するようになりました」

 なんて息苦しく、不条理なことだろう。ところで、女性はどうなんだろう? この本は黒人の男性視点で描かれているが、黒人の女性は?

 「アメリカのTVのリアリティ番組では、黒人女性がののしり合いながら喧嘩するシーンが頻繁に出てきます。それで黒人女性は怖い、というイメージが作られてるように感じます。よくビルのセキュリティ・ガードに体の大きい女性が雇用されているのも、黒人女性がアサーティヴ(断言的)な物言いをすると相当に怖く感じるから、というのもあります。社会が勝手に作ったイメージです。黒人の女性は真面目で勉強家の人も多いですが、優秀であっても文句を言わず大人しく働くことの方が大事とされている印象です。また肌の色の濃さも、大きな違いです。シンガーのビヨンセは圧倒的に素晴らしいパフォーマーで、黒人女性のオピニオン・リーダーの立ち位置ですが、彼女は肌の色が薄い黒人で、怖いイメージにならないのも大きいという見方もあります。(ビヨンセの所属したグループ)デスティニー・チャイルドの元メンバーは真偽のほどはわかりませんが、辞めさせられた後に『ビヨンセの肌の色の薄さを際立たせるように私たちには日焼けサロンに行くよう、ビヨンセの父親に強要されていた』とも告発しています。ちなみに黒人の女性エンターテイナーはほとんどが鼻を整形しています。白人的な美しさが求められるからです」

「ハーレムに生まれて」で知った黒人差別

 黒人差別、というと男性の姿ばかり思い浮かべていた愚かな自分を恥じるが、女性たちも当然ながらあり得ないことを求められている。不条理も極まると、理解を超え、想像力をフルに働かせても、ちんぷんかんぷんだ。『フライデー・ブラック』は“奇妙にゆがんだ世界を描く”と本のあとがきにあったが、いや、黒人たちが置かれたアメリカ社会は現実でも十分すぎるほど奇妙にゆがんでいる。最初に『フライデー・ブラック』を読んだとき、ずいぶんと暴力的な描写が多いなぁと感想を抱いたが、現実の方が何倍も暴力的でもある。

 「私が10代の頃、『ハーレムに生まれて』という、NYのハーレムに生まれ育った黒人青年の自伝を読んで、衝撃を受けました。ハーレムという差別の壁に取り囲まれた中に育って、暴力や麻薬から犯罪まで何でもありのギャング道を歩み、そこからハワード大学の法学部を卒業する人の自伝ですが、とにかく驚いた」

 『ハーレムに生まれて』は1965年にアメリカで大ベストセラーになった1冊。絶望的な貧困と差別に括られ、犯罪が日常的な生活が描かれるが、それでもそこに生きる人たちは前へ進んでいく。“子どもの頃、病的に何かを恐れていた”主人公は、成長するにつれ“俺はまだ恐れを持っていたけれど、恐れから、一歩進んで、もっと積極的な怒りへ、すべての若者が感じるべき怒りへの前進でもあった。”(『ハーレムに生まれて』より)と、恐れから脱却し、社会への怒りを持って立ち上がり、学びの道を選んでいく。

 押野さんはその本に出合ってから「黒人のアメリカ社会のことを知り、興味がわいたんです。日本でレコード会社に就職し、そこで海外渉外という仕事をする中でブルーノートという黒人ミュージシャンや黒人スタッフが多いレーベルの人たちと仕事をする機会が多く、彼らが本当に信頼できるいい人たちばかりだったことから、アメリカに行って、ハワード大学に行こうと決めました」という。まずは知ることだ。大切な一歩はどんなときも、そこから始まる。

 「『ハーレムに生まれて』がただ貧しい苦しいだけの話で終わらないように、私が黒人の人たちをすごいなぁと尊敬するのは、希望を捨てない、絶望の中に力があるところです。私は黒人の哲学者でプリンストン大学教授のコーネル・ウェストも大好きで、彼が支援するからこそバーニー・サンダースも支持していますが、黒人差別の問題をただ黒人社会に狭小に押し込めることなく、広く貧困問題として捉え、私たち全員の問題だと知らしめて行こうと語り掛けることをあきらめないところに引かれます。ぜひ彼の『コーネル・ウェストが語るブラック・アメリカ:現代を照らし出す6つの魂』も読んでみてください」

白人ばかり候補の米大統領選、黒人層の支持は

 大統領選挙において、黒人層はバイデンの支持者が多いと日本では聞くけれど、そうではないんですか?

 「今回の大統領選挙、黒人だから誰というのは特にないように私の周りは見えます。候補者は白人ばかり。最初、黒人富裕層の一部はブルームバーグを支援していましたが、その層はバイデンへ流れました。またオバマ信奉者もまだ多く、その一部もバイデン支持です。しかし、日本のTVがどんな風にバイデンを紹介しているかは知りませんが、こちらで見る限り、バイデンはオバマの名前さえ忘れてしまうほどで、年齢的にもかなり衰えが見られます。人種に関係なく、若年層にはサンダースを支持する人が多いですね」

 なるほど。私たちも知るべきことがまだまだありそうだ。

 「私が翻訳をしたグラフィック・ノベル『MARCH』の原作者である、ジョン・ルイスも知って欲しい。ガンに侵されながら今も現役で下院議員を務める伝説的な人です。1963年、アメリカの公民権運動の歴史的な“ワシントン大行進”の立役者ですが、どんなに苦しい目に遭ってもあきらめない、絶望しないで進んで行く。そして常にユーモアを忘れないんです。『フライデー・ブラック』の帯にブレイディみかこさんが“シャープでダークでユーモラス。唸るほどポリティカル。恐れ知らずのアナキーな展開に笑いながらゾっとした”と書いてくれていますが、作者のナナさんにもユーモアがどこかしらにあります。ナナさんが本の冒頭に“心に描くものは、すべて君のもの”というリリックを引用しているミュージシャンのケンドリック・ラマーは、“イッツ・ゴナ・ビー・オールライト”って歌うでしょう(alrightより)。ユーモアを心の片隅に置いて、絶望しない限りは大丈夫です。私はそれを黒人の人たちの表現から、社会から、教わりました」

 先の見えない不安に覆われ、恐れに足が止まり、想像力が働かなくなっている今。我先に何かを買い求めたり、誰かを必要以上に罵ったり、貶めたりしてしまいそうになる。そんなときは心で唱えよう。イッツ・ゴナ・ビー・オールライト。心に描くすべては私たちのものだ。恐れず進め。そのために書を取り、ため息をつくより、一節でも多く読もうじゃないか。