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東山彰良のTurn! Turn! Turn! #12 台北・紋身街 愛すべき従妹の小さな刺青店

文:東山彰良 写真:河合真人

 台湾は花蓮県にある東華大学の招きに応じて、彼の地に2週間ほど滞在した。作家を志す学生たちのために数回講演をしたわけだが、この間に新刊『小さな場所』が日台同時発売となった。台湾側の書名は直訳の『小小的地方』である。

 海外で自著が翻訳刊行される場合、一般的には日本での刊行後に海外の出版社からオファーをいただくことになるので、そこにはどうしても時間差が生じてしまう。今回、日台同時刊行が実現できたのは、ひとえに『小さな場所』が連作短篇集だからだ。本作は「オール讀物」に掲載された6篇の短篇から成るのだが、1篇掲載されるごとに訳者に送って翻訳をしていただいた。さもなければ、同時発売などとても叶(かな)わなかっただろう。業界初の試みではあるけれど、私の印象としては、同時発売でかろうじて盛り上がっているのは台湾だけで、日本のほうはさほどでもない。しかし、それがどうした。この世界の片隅に私の本を求める人たちがいる。作家として、これ以上なにを望む?

出版社を訪れ、ラジオ番組の収録をする東山さん

 物語の舞台は、私が子供の時分に遊び場にしていた台北の西の繁華街、西門町(せいもんちょう)である。ここに紋身街(もんしんがい)と呼ばれている刺青通りがあるのだが、今作はその小汚い通りを舞台に求めた。主人公は9歳の少年で、ざっくり言えば、彫り師たちとの交流をつうじて彼がほんのすこしだけ成長していくさまを描いている。

 小説を書いているときにも何度か訪れた紋身街だが、今回もやはり再訪する機会に恵まれた。しかも、うんざりするほど恵まれた。台湾メディアの動画を撮影するためにさんざん歩かされたし、同行してくれた本欄担当記者のリクエストに応えて案内したりもした。さらに私が福岡でやっているラジオ番組もこの機に台湾収録を敢行したので、彼らも連れていかねばならなかった。私はくたくただった。ほんの20~30メートルほどの小さな通りなので、誰もが心中「こんなもんか」と思ったにちがいない。『小さな場所』はV・S・ナイポールの『ミゲル・ストリート』に触発されて書いた物語だけど、実際にミゲル・ストリートを訪れたとしても、やはり「こんなもんか」と感じてしまうのかもしれない(物語の舞台となったトリニダード・トバゴのポートオブスペインという街に、本当にこんな名前の通りがあるのかどうかは定かではない)。本で読むのと、実際に目で見るのとでは、ずいぶん印象が異なるものなのだ。

紋身街にある刺青の店は大勢の客で賑わっていた

 この物語を書いているときに私に訪れたもっとも不可思議な出来事は、従妹が本当に彫り師になってしまったことである。もともとぶっ飛んだ女だったけれど、まさかこのタイミングで刺青を生業にするとは思いもよらなかった。

 これまでも私は、彼女が出処のエピソードをいくつも書いてきた。我が従妹の手がうしろに回りかねないので具体的には明かせないけれど、エピソードの宝庫のような女なのだ。当たり障りのないところでは、私はテキーラ・マエストロの資格を持っているのだが、そもそもテキーラをがぶ飲みしていたのは彼女のほうだったのだ。今回の帰省でも会ったが、髪が金色になっていて、美容室の奥の間を借りてとうとう自分の刺青店をオープンしていた。店と言っても、デスクとソファとベッドがあるだけだ。

 「腕に彫るときはデスクでやるし、ベッドは背中に彫るときに使うの」。そう言って、彼女は新しい商売に意気込みを見せた。「美容室の奥に店をかまえたのは、眉やアイラインに刺青を入れる客をあてこんだから」

紋身街にある入れ墨店。店先に赤い首輪をした黒猫が座っていた

 こんな抜け目のないやつだけど、これまでに何度も店をやってはつぶしているので、今回もけっして楽観はできない。飲み屋をやっていたときには、とにかく自分の店で飲んだくれていた。ちなみに、『小さな場所』に出てくるニン姐(ねえ)さんは彼女がモデルである。彫り師のニン姐さんは目に見えるかぎり、体のどこにも刺青を入れていない。だって、私の従妹がそうなのだ。ふつう彫り師は自分の体で練習するものだが、私の従妹はそんじょそこらの彫り師ではない。自分の体にはただのひとつも刺青を入れてないのに、ちゃっかり彫り師になってしまったという変わり種である。

 「問題ないわ、だってあたしは絵が上手(うま)いもん」と彼女は自信たっぷりに言い放つ。「それに空針(タトゥインクを入れてない針)を自分の体に刺したことはあるから、お客さんの痛みはわかる。一番痛いところは二の腕の内側、一番痛くないのは鎖骨のあたりよ」

 そんな彼女はもちろん刺青経験値が低い。近ごろは私と顔を合わせるたびに刺青を彫れとせっついてくるが、言うまでもなく、それはただたんに練習台がほしいだけなのだ。いま私の手許(てもと)に彼女の店の価格表がある。それによれば、眉刺青8500元、ちっぽけな微刺青なら1500元ほどである。微刺青というのは台湾で流行(はや)っているやり方で、インクを真皮にまで入れないので、いちおう4、5年で消える刺青のことらしい。

 「女は目元の化粧に一番時間がかかるのよ」。愛すべき我が従妹は力説する。「だから、眉とアイラインの刺青はオススメね。朝起きて5分で出かけられるから」=朝日新聞2020年3月28日掲載