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cero・荒内佑さん「小鳥たちの計画」インタビュー ミュージシャンが「音楽とは違う頭で書いた」渾身のエッセー 

文:永井美帆、写真は本人提供

ある時、突然「文章書いてみたら?」

――『小鳥たちの計画』は「webちくま」での連載に書き下ろし作品を加え、38本のエッセーが収められています。まず、エッセーの連載を始めることになった経緯を教えて下さい。

 『小鳥たちの計画』の装丁を担当してくれたイラストレーター、柳智之による推薦です。彼は高校時代からの友人で、ceroの初期メンバーでもありますが、2011年にファーストアルバムを出した後、「絵に専念したい」とバンドを辞めました。その後も時々2人で飲みに行っていたんですが、ある時、突然「文章書いてみたら?」「筑摩書房の編集さんに推薦しといた」と言われて。その後、本当に出版社の方から連絡が来て、よく分からないまま連載を始めることになりました(笑)。

 連載は「宇宙のランチ」というタイトルで月1回、2016年10月から19年5月まで続きました。『小鳥たちの計画』には、その中から選んで加筆修正した28本と新たに書き下ろした9本、音楽雑誌「ラティーナ」(5月20日発売号をもって休刊予定)に寄稿した1本を収録しています。

――突然エッセーを書くことになり、大変でしたよね。

 「2千文字程度、フリースタイルで」と言われて始まったものの、テーマが全く思いつかない。一応、ノートやスマホのメモ帳に思いついたネタを書き留めてはいたんですが、いざ締め切りが近づいて読み返すと、どれもつまらなく感じるんですよね。それで、また一から考え直すということの連続でした。

 エッセーには自分の身の回りのことも書いていますが、最初は音楽や本、映画についての批評みたいなものを考えていました。というのも、「連載しませんか?」と連絡をもらった時に、新宿育ちのラッパー、漢 a.k.a.GAMIさんが書いた『ヒップホップ・ドリーム』を読んでいたんです。漢さんが自身の生い立ちや地元のことを語った半自伝的なものなんですが、ものすごくヒリヒリした内容で、読み物として破格に面白い。一方で、自分のような平凡な生い立ちの人間が身の回りのことを書いてもつまらないし、恥ずかしいだけだと思いました。

 だから、あくまで自分のことは話のきっかけの一つにとどめて、好きな作品について書きたかったんですが、僕みたいなアマチュアが毎月新しい視点で物事を論じようとしても、たちまち凡庸になってしまうんです。だから、そこから考え直し、取るに足らないと思っていた自分の生い立ちや身辺のことについて書く比重を増やしていきました。そういったものは自分固有の経験ですから、少なくともありがちな論評のようにはならないと気づいたんです。

――ceroでは作詞も手がけていますよね。歌詞を書く時とエッセーを書く時、どんなところが違いますか?

 全く別ですね。頭の使う部分が違うというか、歌詞を書く時は例えば「1音目にサ行の破裂音が欲しいな」とか「1音のメロディーに対して、2音節の言葉を入れたい」とか、そういう書き方をします。エッセーは語感やリズムも意識しますが、それ以上にやはり内容を考えています。約2年半、連載を続けてみて感じたのは、本当に満足する作品を書くためには、音楽のことを捨てなきゃならないってことです。その状態を保ち続けるのは相当大変なことだろうし、だから、今のところ「また書きたい」とは思っていません(笑)。

cero / Summer Soul【OFFICIAL MUSIC VIDEO】

「不真面目に」本を読んでみる

――エッセーには、ジョン・ケージの『小鳥たちのために』や浅田彰の『構造と力』など、さまざまな本のタイトルが登場します。普段から本はよく読みますか?

 常に何かしら読んでいます。面白い本に出合ったら、睡眠時間を削っても読み続け、生活がめちゃくちゃになる時もあります。映画監督でもあるフランスの小説家、アラン・ロブ=グリエの『反復』を読んでいる時もそうでした。かなりキワモノの推理小説で、話し手がいつの間にか変わっているという、非常に読みづらい作品なんですが、何年か前に読み始めたものの一度挫折してしまいました。

 ちょっと話が変わりますが、平日昼間にテレビをつけると、「誰が見るんだ」っていうような映画が放送されているじゃないですか。ああいうのって、かぶりつきで見るというより、途中でトイレに行ったり、皿洗いしたりして断続的に見ますよね。ある意味、「不真面目な鑑賞」というか。たまたま目に入ったシーンを物語から切り離して絵画のように眺めたり、その断片から全体のあらすじを逆算したりします。それである時、『反復』も同じように接したら読めそうな気がして、再読してみたんです。そうしたら、いつの間にか引き込まれて、止まらなくなりましたね。そもそも本自体が正統派ではなく、「不真面目に」書かれているんです。

――現在、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、さまざまな活動が制限されている状況です。何か感じていること、伝えたいメッセージはありますか?

 そうですね……。この災禍をはやく終わらせるために、個人個人がSNSなどを通じ、外出自粛を訴えるという行動はよく分かります。その半面、あらゆる自由が制限されている状況を、疑問なく受け入れている表現には違和感があります。「外に出よう」「好き放題やろう」という意味ではなく、感染拡大防止のためとはいえ、「権力によって自由が制限されていること」と「国民が進んで自分たちの自由を制限していること」にも目を向けるべきだと思うんです。

 ガチガチになると息苦しいだけですが、あまりに無自覚でいると、補償もおざなりのまま「簡単に国民の自由を制限できる」という行政側に都合の良い前例を作ってしまうことになりかねません。というか、すでになっているんじゃないでしょうか。