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「しまっちゃうおじさん」誕生秘話 「ぼのぼの」作者いがらしみきおさんインタビュー

文:吉野太一郎 画像提供:いがらしみきおさん、竹書房

どんどん自分のイメージから離れていった

――ぼのぼのや森の動物たちの幼少期を描いたスピンアウト「ぼのちゃん」シリーズの完結編に「しまっちゃうおじさん」の誕生秘話を選んだのはなぜですか?

 「ぼのちゃん」という話は結局、本編のぼのぼのの話と完全にはつながっていなくて、ある程度パラレルワールドの世界ではあります。しかし、「ぼのぼの」の昔の話なので、そうなると、しまっちゃうおじさんとの馴れ初めというか、発端を描きたいと思いました。

――もう30年以上前の話ですが、本編でしまっちゃうおじさんを最初登場させたときは、どんなキャラとして描こうとしたのでしょうか?

 この前、ある人から「いろいろ考えすぎると幸せを逃してしまう」という話をされたのですが、いろいろ考えすぎて自分の掘った穴から出られなくなるようなことはよくないことだという、戒めのようなニュアンスもありました。あくまで悪夢のようなキャラかもしれませんね。こわい考えを止める存在でもあると思います。

 ただ、アニメになったら、しまっちゃうおじさんのキャラがいきなり変わってしまったということはありました。

――1995年から放映された1回目のアニメシリーズですね。原作のしまっちゃうおじさんが割と淡々としているのに対し、アニメではおどろおどろしい恐怖のキャラになっていて、子どもの頃に見てトラウマになったという人、私の回りにもたくさんいます(笑)。

 アニメの最初の打ち合わせの時に「原作は忘れてください」という話をしたんですが、それでああいうキャラになってしまったんだと思います。ある意味ではなまはげ的な存在でもありますが。原作とはまた違った世界が出てきたので、それはもうアニメのスタッフの功績だったと思います。

――単行本では第3巻が初登場で、わずか数コマの出番だったのに、第4巻では巻頭の主な登場キャラクター紹介に昇格し「ただドンドンしまっちゃうだけなのだが、根強いファンがいるらしい。作者もそのひとり」と書かれていました。何か手応えがあったのでしょうか?

 自分で描いた時はそんなに確信めいた自信はなかったんですが、どんどん自分のイメージから離れて、読者やファンの人のイメージとして大きくなってしまいましたね。だけどそれも、漫画ではいいことなので。

――それをどんな思いで見ておられたのですか?

 面白がってはいたんですが、私にはキャラを広げる度量がなかったんだと思います。今回だけじゃなくて、いつもですね。スナドリネコの「それは秘密です」にしても、シマリスくんの「いぢめる?」にしても、もっと広げれば広がったんですが、出し惜しみしてしまい、機会を逃していく。てらいのようなものがあるというか、恥ずかしいのかもしれませんね。

正体はスナドリネコ?

――しまっちゃうおじさんも、連載では17年間も登場しない期間がありましたが、そんなに秘蔵しておいたのはなぜでしょう?

 秘蔵していたわけではないんですが、いろんなキャラを出すにあたって、今回はあのキャラを、という形で展開するわけなので。漫画も月刊誌の連載ですから、月いちのペースでしか進みませんしね。結局、レアなままなのかな(笑)。

 これからも忘れた頃に登場させるかもしれません。もっと出すことは可能なんですが、どんどん怪物化してしまうかもしれませんね。または独立してスピンオフで「しまっちゃうおじさん」が主演の漫画を描くしかないでしょう。

――それはぜひ読みたいです!

 私はこだわりがないのでそれもいいですが(笑)。逆に吉野さんはなぜ、しまっちゃうおじさんに惹かれるんでしょうか?

――なぜでしょう…。シュールな感じでしょうか。

 しまっちゃうおじさんは、いちばんシュールなキャラになりましたよね。不条理なキャラって、そんなに人気が出るものでもないんですが、ある意味では「ぼのぼの」の世界はリアルなので、しまっちゃうおじさんは異色の存在ですね。それでウケたのかもしれません。

――洞窟に閉じ込められるのが胎内回帰みたいで、怖いはずなのに、むしろ安心できるような感じでしょうか。オチが定番なので、「来た来たー!」という、吉本新喜劇のような安心感もあります。

 私はあんまり定番的なものは描かないところもあるので、そこは珍しいですね。胎内回帰というニュアンスは特に意識はしておらず、描いてみたら出てしまいました。ある意味では、しまっちゃうおじさんがいちばん広げたキャラですね。不思議ですが、ファンの方が広げてくれたので、私はそれに乗っかっただけかもしれません。

――2017年から放映中の2回目のアニメシリーズでは、声優さんもスナドリネコさんと兼務です。スナドリネコさんとつながるという設定は、後からふくらんでいったのですか?

 本編の方でも描きましたが、しまっちゃうおじさんの正体はスナドリネコという裏設定です。ここまで明確ではなかったですが、しまっちゃうおじさんはスナドリネコだという気持ちはなんとなくありました。

――スナドリネコもある意味、正体不明の謎キャラなので、共通点はあると思っていました。

 しまっちゃうおじさんは、ぼのぼのの夢の中に出て来たスナドリネコなんだと思います。スナドリネコの分身というか、ピンクのスナドリネコなんですよ。ピンクというか、たぶんポップなスナドリネコですね(笑)。

人間になる前の存在への畏敬

――いがらし先生、子ども好きだそうですね。

 そうです。赤ちゃん大好きです。妊婦さんのお腹も好きなんです。うらやましいとさえ思います。これから生まれてくるものというか、まだ人間になっていないものに、祝福とあこがれと畏敬を感じるんです。

――まさに「ぼのぼの」に登場するキャラクターが、大人も含めてそんな感じです。

 そうですね。人になる前の存在のようなものに惹かれます。動物もそうですが、そういう意味では「ぼのぼの」は、人になる前の存在でもあると思います。それで動物を主人公にしたのかもしれませんね。人ではない姿形でやりたかったというのはありましたし。

――どうして「ぼのぼの」は哲学的というか宗教的なんだろうと思っていましたが、そういうことだったのですか。

 自分は人間の社会が、好きとも嫌いとも言えないものを抱いていたので、動物だとそうではない世界が描けるかもという気持ちはありましたが、それが哲学的かどうかはわかりません。最初は哲学とかやるつもりはなくて、あくまで「内容」というか、なにか「中味」がある漫画にしたかったんでしょうね。

それに私の「哲学」というのは、たぶん永島慎二の影響だと思います。

――えっ? 「柔道一直線」の? 劇画のイメージは意外です…。

 いや、一番影響された方でして、今でもその影響下にあると思います。もっとも「フーテン」とか「漫画家残酷物語」とかなので、あくまで「柔道一直線」の世界とはちがいます。もっと言うと、永島慎二が当時住んでいた中央線文化に影響されたのかもしれませんね。若い頃、東京でフーテンのようなことをやっていたのも、永島慎二の漫画の影響でした。

――なるほど、アライグマくんのお母さんですね。いつも旅に出ていて、たまに戻ってきてすぐいなくなってしまう、しまっちゃうおじさん以上のレアキャラ。あんなに自由に生きられたらな、といつも思います。

 私のキャラはレアキャラが多いですね(笑)。アライグマくんのお母さんを見た人は私をフェミニストだと思うかもしれませんが、確かに「自由」ですね。フーテンですね。

 男性はみんなマザコン的なものがありますが、私もマザコンです。その影響がアライグマくんのお母さんを誕生させたのかもしれませんが。たぶん自分が男だからだとも思います。母親を出すと、大概男性よりも強いキャラになってしまうという傾向はあります。

――だから「ぼのぼの」にはお母さんがほとんど登場しないのですね。

 我が家もオヤジがダメなオヤジで、母親がすべて切り盛りしていましたから。男性は基本ダメダメだと思います。もちろん私もそうですが、何というか他人とうまくやれない。女性はどうかというと、社会というものをもっと狭い意味で受け入れていると思います。男性は広い意味でとらえ過ぎてしまって、結局受け止められなくなっているような気もしますが。

絶筆は「ぼのぼの」で

――ところであとがきにもありましたが、漫画家生活40周年のパーティーで「絶筆するときはぼのぼの」と宣言なさったそうですね。

 はい、死にそうになったら「ぼのぼの」を描きます(笑)。私が「ぼのぼの」を描かなくなった時にぼのぼのたちは死んでしまうので。かわいそうで、やめられない、というのが30年以上やりつづけた理由じゃないでしょうか。

 最後はどこで描くのか知りませんが、「ぼのぼの」はネットでも描き続けますよ。ユーチューバーになってるかもしれませんね(笑)。

――ぼのぼの以前に描いておられたような、人間が主人公の不条理4コマも読みたいです。

 やっても懐メロ的にしかならないと思いますが、それもいいですね。もう最近の漫画界というのは私には理解できなくなっているので、我が道を行くとどんどん懐メロ的になるかもです。

――でもぜひ、我が道を行き続けてほしいです。今後はどんな展開を考えていますか?

 ありがとうございます。もう我が道を行くしかないので。ひとまず絵本をやりたいですね。「ぼのちゃん」の絵本とかでも。できればまた、しまっちゃうおじさんを出したいと思います。